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日本人の「海離れ」が止まらない理由

「日本の海で泳いだのはいつだったか?」。夏が来るたび海水浴に出かけたのは遠い昔。小麦色の肌ははやらず、美白が好まれる時代。向かうのは、直射日光が照りつける海ではなく、日焼けの心配がない夜のプールだ。日本から海水浴は姿を消すのか。海の家など海洋建築が専門の日本大学理工学部の畔柳昭雄・特任教授が解説する。





日本人の「海離れ」が止まらない理由
◆海が敬遠され、内陸部に人工ビーチ
 最近は海水浴を敬遠する小学生が増えている。日焼けを嫌い、海水が体にべとつくのが嫌だという。昨夏には都心の便利な場所にあるホテルなどが「ナイトプール」と銘打ち、夕方から営業。若者はプールに向かった。海のない東京都立川市に砂を敷き詰め、バーベキューができる「タチヒビーチ」もオープンし話題になった。

 一方、海水浴場の影は薄くなりつつある。

 海水浴場の砂浜の減少が伝えられているが、新潟県長岡市の寺泊中央海水浴場の砂浜は、信濃川から流入する土砂堆積のために、年々幅が広がり、汀線(ていせん)付近にあった海の家が海から遠く離れ、2004年に閉鎖や転業に追い込まれた。日本観光振興協会によると、翌05年には国内の海水浴場の数は1277だったが、10年に1203、15年に1128、17年に1095と減少の一途をたどっている。

 「レジャー白書」(日本生産性本部発行)によると、1998年に海水浴はレジャーの中で18位だったが、99年以降は20位を下回るようになった。海水浴客数は2011年に1000万人を割って910万人、15年には760万人まで減少した。


◆湘南海岸に1日50万人
 1980年代、海水浴の人気は最高潮に達し、全国の海水浴場はどこも「芋の子を洗うよう」と揶揄(やゆ)されるほど賑(にぎ)わった。89年8月14日の読売新聞には、湘南海岸(神奈川県)で51万2000人の人出を記録したという記事が掲載されている。

 海水浴シーズンが近づくと、電車の中刷り広告やデパートのチラシ、商品ポスターなどに海水浴関連の商品や風景が印刷された。湘南海岸では、飲料メーカーや化粧品会社などがこぞって海の家を開いた。化粧品各社は肌を小麦色に焼くための日焼けオイルを販売。海水浴場にオイルの臭いが漂うほどで、若者は皆、日焼けを競い合った。海水浴は各社にとって、欠かせない市場創出の場だった。

 このほか、TUBEやサザンオールスターズらによる湘南サウンドと呼ばれる音楽が若者らに支持され、湘南海岸は憧れの的となった。サーフィンやヨットなどのマリンスポーツの格好良さもあいまって、サーファールックなどのファッションも生み出された。こうして、湘南海岸は避暑地・軽井沢と並ぶ夏場の人気スポットとなった。


 しかし、海水浴への逆風は既に70年代後半から始まっていた。海域への生活排水の流入や海の家が排出する汚水の影響による水質汚濁だ。

 80年代まで海水浴は国民的な一大行事で、交通渋滞や駐車場不足などが問題となった。若い女性らは海外旅行に向かい、国内の海水浴場は敬遠されるようになった。90年代は地球環境への関心が高まり、オゾン層破壊や紫外線による皮膚がんなどへの懸念から日焼けした小麦色の肌を見せるCMが姿を消す一方で、「UVカット」への関心が高まった。

 「素肌に太陽光線を浴びるとシミになる」「紫外線を一日何時間以上浴びてはいけない」といったことが囁(ささや)かれ、海水浴場に行くのをためらう人々が出現。特に母親世代が行かなくなり、小学校の臨海学校中止もあり、子どもたちが海と接する機会が減っている。2011年の東日本大震災の津波被害や、最近では遊泳区域でのサメ出現情報の増加なども海から遠ざかる要因になっている。


◆葛西臨海公園で海水浴
 しかし明るい兆しもある。海水浴場の復活に向けた新たな取り組みが始まっている。葛西臨海公園(東京都江戸川区)の人工干潟「西なぎさ」では、NPO法人「ふるさと東京を考える実行委員会」がカキを用いた海水浄化を行い、12年当初は「水に顔をつけない」「腰までの深さで遊ぶ」の条件付きながらも、8月の土・日曜限定で海水浴ができるようになった。東京都が2015年に海水浴場開設基準を満たしていると判断、海に入る際の条件も解除され、東京湾で50年ぶりに海水浴場としての海開きが行われた。

 新潟県佐渡市達者では、私やゼミ学生、地域おこし協力隊員らが海水浴場を復活させる取り組みを進めている。海の日の7月16日には、地元の竹林から切り出した竹を使った海の家や日除けをつくる予定だ。

 神奈川県内の海水浴場では、一色海水浴場(葉山町)が17年に「世界のビーチ100選」に選出された。由比ガ浜海水浴場(鎌倉市)は、海水浴客へのサービスと質を体系的に評価する国際環境認証としてのブルーフラッグ認証を取得した。

 このように、環境整備や海水浴客の居心地向上に積極的に取り組むことで、高い評価を得る海水浴場もあり、海水浴場ごとの個性を重んじる気風も育まれてきた。

 これまでと違ったサービスや空間に一工夫凝らした海の家が現れ、海水浴客を呼び戻すのに一役買っている。カフェ風のおしゃれなスタイルやアジア調、南国のビーチ風と新感覚の海の家が次々に登場し、海水浴客以外も呼び込んでいる。

 最近の海の家の傾向は、「グラマラス化」や「グランピング(グラマラス+キャンピング)」にある。ホテルのようなサービスをアウトドアで楽しめるのがウリだ。海辺に立つ大型テントをグループやカップルが占有し、上質なサービスが受けられる。


◆海辺のBBQ先進県・沖縄
 沖縄県民は海であまり泳がないが、友達が集まると、海辺でバーベキュー(BBQ)パーティーを開く習慣がある。近年整備された県内のビーチでは、背後に芝生広場がつくられ、BBQテーブルが多数設置され、駐車場やシャワーも完備。こうしたビーチは、休日にはBBQを楽しむ人たちで賑わい、ビーチバレーに興じる姿も見られる。

 同県では1975年の沖縄海洋博開催を機に、海水浴場からビーチに名称を変更。BBQ広場を備えたビーチ整備は、アメリカ・ハワイやオーストラリア・ケアンズの海浜で見かける「ビーチ&パーク」と類似している。公園と海浜を一体的に整備することで、来訪者がBBQとビーチスポーツ、マリンスポーツを堪能できるようにしており、海浜でのレクリエーションの多様化に貢献している。

 海水浴を単に泳ぐことだけで捉えるのではなく、それがもたらす効能を細分化して捉えることも重要だ。忘れがちなのは、海水浴全盛期に親子の会話や絆、信頼関係を深めることに大いに役立ったことだ。海水浴の機会が減り、親子のスキンシップも減ったと思われる。そうした場としての海水浴場を見直すと、新たな価値も見えてくる。地球温暖化が叫ばれて久しい。今年は4月下旬から気温上昇が続き、関東甲信地方は6月に梅雨が明けた。こんな蒸し暑い時に、素足を海に浸すことを想像するだけで、清涼感が広がる。

 夏の海水浴以外にも、4~5月は素足で渚(なぎさ)の散歩、10~11月は秋風に吹かれる。12月~翌年3月は厳しい寒さを体感する。こんな四季折々の多様な楽しみ方ができるのが、海の豊かさだ。


◎畔柳 昭雄( くろやなぎ・あきお )
 1952年生まれ。日本大学理工学部建築学科卒業。同大学院理工学研究科建築学専攻博士課程修了。工学博士。同大理工学部海洋建築工学科教授を経て特任教授。ジムのプールで800メートル泳ぐのが日課。


引用:日本人の「海離れ」が止まらない理由


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